シリアの花嫁
岩波ホールで、
『シリアの花嫁』を観ました。
1967年の第三次中東戦争で、
イスラエルの占領下にあるゴラン高原。
ここのとある村に住む女性が、
シリアの男性の下に嫁いでゆく。
無国籍状態の彼女が、一度シリアに行ってしまえば、
シリア国籍者となり、イスラエル下のゴラン高原の、
元の家には、もう戻れない。
そんな彼女の新しい旅立ちを、
彼女の家族たちの、それぞれが抱える問題と絡めながら、
叙情的に物語として紡いでゆく。
いよいよシリア側へ行こうとするとき、
イスラエルの国籍処理に対し、
(出国手続きとしてイスラエル側は出国印を押す)
シリアは、そのパスポートの出国印を認めない。
シリア側としては、
それを認めることは、
ゴラン高原がイスラエルのものと認めてしまうことになるから。
国連職員の手続き係員は双方を行き来するが、
埒があかない。
業を煮やした主人公は意を決してシリアに「嫁いで」いく…
中東の抱える問題の中で、
その難しい局面になる人生模様の描写の妙もさることながら、
ちょっと離れたところから観ると、
日本には失われた「家族」単位の絆が、
こうした地域には根強いのだなあ、と感じる。
日本のような単一の島国で、
まして核家族化がほぼ当たり前のいま、
家族というものの本質を、
一方で訴えていた気がする。
嫁いでしまえば戻れない、
我々には計り知れない、
しかし、そういう現実を強いられる世界がある。
だからこそ、
家族という「単位」と「絆」が最も慮れる世界がある。
何か、
そういう部分を見直す契機となるような、
そんな感じを強く受ける映画だった。
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コメント
こんばんは。
どうもTBが飛ばないようでコメで失礼します。
目立たないけど良作でしたよね。
不思議なほど悲壮感のないむしろユニークさが
厳しい現実を際立たせているように感じました。
それでも彼らはタフです。タフでなければ生きて
いけないんでしょうね。
本当の意味で彼らを理解することは私には出来な
いと思いますが、それでも現実の一端でも知る良
い作品でした。
投稿: KLY | 2009年3月 8日 (日) 03時54分