ロバート・マクナマラ
新聞を見たら、
ロバート・マクナマラが鬼籍に入った、
という報が掲載されていた。
ロバート・マクナマラは、
J・F・ケネディ政権と、
その後のR・ジョンソン政権で、
国防長官を務め、
特にヴェトナム戦争介入で有名だ。
その中でも、
「キル・レイショー」というものがあった。
アメリカ側が、
グリーンベレー一人を育成するのに掛かる経費と、
ヴェトコンが兵士一人を育成するのに掛かる経費とで、
その費用に開きがある。
(当然、アメリカのほうが育成費が高くかかる。)
ゆえに、
アメリカ側が一人やられれば、
アメリカがヴェトナム側をひとりやるよりも、
その金額的ダメージが、
ヴェトナム側の数倍になり、
損益分岐的理論にすれば、
その分岐点を迎えるには、
アメリカ側一人がやられるほど、
そこに到達するのが遠ざかることになる。
つまり、
費用対効果的にアメリカ側に不利であるとして、
アメリカが相当なヴェトナム兵を倒さねばならない、
そこで、米軍増派を主張したのがマクナマラだった。
この理論に対し、
司法長官のロバート・ケネディとやりあったという。
つまりは、
マクナマラは元々が政治家ではなく、
フォードの社長として、
数字で会社を管理し、
フォードを立て直した、ビジネスマンである。
数字に長けていた点を、
上記のように政治にも用いたわけであった。
晩年、
マクナマラは、ヴェトナム戦争について、
反省ともいえる声名や著作を著したが、
やはり、
ビジネスと政治は違うものだ。
そういう点で、
ある意味、
政治の世界で自身もいろいろな翻弄をされたのだろう。
ヴェトナム戦争は、
第二次大戦後の世界強大・栄華にあったアメリカを、
一転、泥沼に陥らせてしまい、
アメリカが自信を喪失してしまった。
その過程に、
マクナマラの戦略がどれだけ影響を及ぼしたのだろうか。
ただ、
いまよりも国際情勢が逼迫していた60年代以降、
特にケネディ政権は、
ベスト・アンド・ブライテストと呼ばれた、
精鋭たちで政権が運営されていた。
その中で、
そのB & Bの一人として、
マクナマラも彼の信念のもとに、
その役割を担っていた。
車会社を建てなおすのと、
戦争とは違う。
そのジレンマに、
一番苦しまされ、
しかし、
己の職務を遂行するがために、
孤高に政治を進めたのが、
マクナマラではなかっただろうか。
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